数学が苦手でもわかる!AIの予測が「うまくいかない」理由:過学習と未学習
はじめに:なぜAIの予測は期待通りにならないことがあるのか?
近年、AI(人工知能)は私たちのビジネスにおいて、予測や分析の強力なツールとして不可欠なものになりつつあります。売上予測、顧客の行動予測、リスク評価など、様々な場面でAIによるデータ分析が活用されています。
しかし、「AIに予測させたのに、実際の状況とはかけ離れていた」「特定のデータではうまくいくのに、少し違うデータだと全く当たらない」といった経験をされた方もいらっしゃるかもしれません。
AIによる予測が期待通りにならないのには、様々な理由が考えられます。データの質の問題、予測が難しい複雑な現象、そもそも学習データが不十分であることなどが挙げられます。そして、その理由の一つに、AIモデル自体が陥る「過学習(Overfitting)」や「未学習(Underfitting)」といった現象があります。
これらの言葉を聞くと、難しそうだと感じるかもしれません。しかし、心配はいりません。この記事では、数学的な数式や複雑な理論は一切使わず、これらの現象がなぜ起こり、それがビジネスにおけるAI活用にどう影響するのかを、平易な言葉と具体的な例え話で解説します。
過学習と未学習の概念を理解することは、AIの限界を知り、その予測をビジネスの意思決定に適切に活かすための重要な第一歩となります。
AIが「訓練データ」を丸暗記しすぎる問題:過学習(Overfitting)とは
まず、「過学習」について説明します。
AIモデルは、通常、大量のデータ(これを「訓練データ」と呼びます)を使って学習し、特定のパターンや規則性を見つけ出します。例えば、過去の顧客の購買履歴から「どのような人が商品Aを買う傾向があるか」といったパターンを学習します。
過学習とは、この「訓練データ」にAIモデルが適合しすぎている状態を指します。例えるなら、あなたがテスト勉強をする際に、先生からもらった「問題集の答え」を、理解せずにただ丸暗記してしまうようなものです。
- 過学習の例え話:
- あなたは問題集の答えを完璧に覚えました。問題集のテストなら100点が取れるでしょう。
- しかし、本番のテストでは、問題集と「少しだけ」違う表現で同じことを問われたり、問題集にはなかった類題が出たりします。
- 答えだけを丸暗記したあなたは、少しの変化に対応できず、本番のテストでは点が取れません。
AIモデルもこれと同じです。訓練データの中に含まれる「ノイズ」(偶然のばらつきや例外的なデータ)まで、重要なパターンだと勘違いして学習してしまいます。
その結果、過学習したAIモデルは...
- 訓練データに対しては、非常に高い精度や予測性能を示します。 (問題集のテストでは100点)
- しかし、訓練に使っていない「未知の新しいデータ」に対しては、性能が著しく低下します。 (本番のテストでは点が取れない)
ビジネスの文脈では、これは「過去のデータにはぴったり合うのに、新しい状況やデータに対しては全く予測が当たらない」という状況に繋がります。例えば、過去の特定の期間の売上データで過学習した予測モデルは、市場環境が少し変化した途端に役に立たなくなる可能性があります。
過学習は、AIモデルが複雑すぎたり、訓練データが少なすぎたりする場合に起こりやすくなります。
AIがデータの「基本的なこと」すら理解できていない問題:未学習(Underfitting)とは
次に、「未学習」について説明します。
未学習とは、AIモデルが訓練データの持つ重要なパターンや特徴を十分に捉えきれていない状態を指します。先ほどの例え話を使うなら、テスト勉強で、教科書や問題集の内容をほとんど理解しないまま、あるいは全く勉強しないまま本番に臨むようなものです。
- 未学習の例え話:
- あなたはテスト範囲の内容をほとんど理解していません。
- 問題集を解いても、基本的な問題すら解けません。
- もちろん、本番のテストでも点が取れません。
未学習のAIモデルは...
- 訓練データに対しても、低い精度や予測性能しか示しません。 (問題集のテストでも点が取れない)
- そして、未知の新しいデータに対しても、当然ながら低い性能です。 (本番のテストでも点が取れない)
これは、AIモデルが単純すぎたり、データの持つ複雑なパターンを表現できるだけの能力を持っていなかったりする場合に起こりやすくなります。また、必要なデータが不足している場合なども未学習の原因となります。
ビジネスの文脈では、これは「AIによる予測や分析の精度が最初から低すぎて、全くビジネスの判断に使えない」という状況に繋がります。データの基本的な傾向すら捉えられていないため、価値のある洞察が得られません。
過学習と未学習を「見つける」ための考え方
では、私たちが作った、あるいは利用しようとしているAIモデルが、過学習や未学習に陥っていないか、どのように確認すれば良いのでしょうか。
最も基本的な考え方は、「訓練データ」と「訓練に使っていないデータ」の両方でAIモデルの性能を評価することです。
- データを分割する: AIモデルを学習させる前に、利用可能なデータをいくつかの部分に分割します。
- 一つはAIモデルの学習に使うための「訓練データ」。
- もう一つは、学習が終わったAIモデルの性能を評価するための「検証データ」や「テストデータ」です。(ここではまとめて「検証データ」と呼びます)
- AIモデルを訓練データで学習させる: 分割した訓練データだけを使って、AIモデルにパターンを学習させます。
- 両方のデータで評価する: 学習が終わったAIモデルの性能(例えば予測の精度など)を、訓練データと検証データの両方で評価します。
この評価結果を比較することで、過学習や未学習の兆候を掴むことができます。
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訓練データでの性能は高いが、検証データでの性能が低い場合: これは過学習の可能性が高いです。モデルが訓練データのパターンに適合しすぎているため、未知のデータである検証データには対応できていません。
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訓練データ、検証データのどちらでも性能が低い場合: これは未学習の可能性が高いです。モデルがデータの持つ重要なパターン自体を十分に捉えられていません。
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訓練データと検証データの両方で、十分な性能が出ており、かつ両者の性能に大きな差がない場合: これは比較的良い状態と言えます。モデルが訓練データで学習したパターンが、未知のデータにもある程度通用していると考えられます。
このように、訓練に使っていないデータで評価することが、AIモデルが実世界の新しいデータに対してどれだけ通用するか(汎化性能と呼びます)を確認するために非常に重要です。
ビジネスにおけるAI活用のための示唆
過学習と未学習の概念を理解することは、AIをビジネスで活用する上で非常に役立ちます。
- AI予測を過信しない: 訓練データで「精度100%」のような非常に高い性能が出ていても、それは単に過学習しているだけかもしれません。必ず、未知のデータでの評価結果を確認する必要があります。
- 予測の対象を見極める: 過学習しやすい(データのノイズが多い、データ量が少ない)領域でのAI予測は慎重に行う必要があります。
- AIベンダーや担当者とのコミュニケーション: AIモデルの導入や評価について議論する際に、「訓練データだけでなく、未知のデータでの性能はどうか?」「過学習や未学習の対策はどのように行っているか?」といった点を質問できるようになります。
- データの重要性を再認識する: 十分な量の、質の良いデータを用意することが、過学習や未学習を防ぎ、汎化性能の高いモデルを構築するための土台となります。
過学習や未学習を防ぐための技術的な手法は様々ありますが(モデルの複雑さの調整、データの増加、正則化など)、ビジネスサイドとしては、これらの現象が「なぜ起こりうるのか」「どうやって見つけるのか」といった概念を理解することが、AI活用のリスクを管理し、より賢くAIの予測結果を利用するために非常に重要です。
まとめ
この記事では、AIの予測が期待通りにならない理由の一つである「過学習」と「未学習」について解説しました。
- 過学習: AIが訓練データを「丸暗記」しすぎて、未知のデータに対応できなくなること。訓練データでの性能は高いが、未知のデータでの性能は低い。
- 未学習: AIがデータの重要なパターンを捉えきれず、訓練データでも未知のデータでも性能が低いこと。
- これらを見つけるためには、訓練に使っていない「検証データ」での評価が重要であること。
AIは強力なツールですが、万能ではありません。過学習や未学習といったAI特有の癖を理解することで、その予測結果を適切に評価し、ビジネスにおけるリスクを減らし、より効果的にAIを活用することができるようになります。
数学が苦手でも、これらの概念的な理解があれば、AIの「なぜ」に対する解像度が上がり、ビジネスの現場でAIを使いこなすための大きな力となるはずです。